2007年は日印文化交流50周年にあたり両国政府間で「日印交流年」と位置づけてさまざまな事業が行われ、その1つとして大観音寺にて「インド古典舞踊公演」が上演されました。
インド伝統舞踊ゴティプア・オリッシー公演は、日本での上演も大変めずらしく東海地方では初めての上演でした。
また、ヨーガ・アーユルベーダ体験も行い、大変多くの方に御来寺頂きました。
オリッシー舞踊とは、インドを代表する伝統舞踊の一つです。
マハラニとゴティプアの踊りの様式、2つの伝統の発展したものと言われています。
ゴティプア舞踊とは、神々に奉納するインドの古典舞踊です。
インドの神々は男性、女性原理を一体として考えられており、神々の姿は中性的に描かれています。より神々に近い姿として、少年が女性の衣装を身につけて、踊りを奉納します。
女でもない男でもない世界、ゴティプアは16世紀より以前に生まれたとも言われています。
ゴティプア舞踊の歴史
オリッシーとは、マハラニとゴティプアの踊りの様式、2つの伝統が発展したものと言われています。マハラニはジャガンナート神に仕える女性ダンサーで、プリの寺院の中にあるジャガンナート神の前で踊りを奉納し、 少年によるゴティプアは寺院の外で大衆の前で踊りました。オリッシーのグル(師匠)たちは、若い頃にはほとんどゴティプアとして活躍してきました。
ヴィシュヌ神を拝む宗派ヴァイシュナヴァは、女性による踊りを許さなかったと言われています。彼らは、自らがクリシュナ神の女性の付き人として捧げるというサキ・バイヴァの教義を説き実践し、 女性に代わる少年によるダンサーを養成しました。少年たちは、女性の衣装を身につけて、祭の折には寺の境内で踊りました。
こうして、神に対する奉納の踊りが、寺院を出て公衆の前でゴティプアたちによって披露されました。また、この時期、ヴァイシュナヴァは、クリシュナ神への心からの信愛を捧げるための数知れない歌を作りました。 ヴァイシュナヴァは、踊りと、ダンサーが自ら歌うスタイルを、自分たちの教義と哲学を広める手段として選んだのです。
オリッサのヴァイシュナヴァは、ゴティプアのダンサーたちを経済的に支えました。ジャガンナート寺院は、17世紀にムガル王朝が出現するまで、ベンガルのイスラエル勢力に絶えず攻撃されました。 その頃のボイ王朝の王ラマチャンドラデヴァは、寺院における日々の礼拝を復活させる一方、町のあらゆる通りに道場を作り侵略者から寺院を守るために身体文化を奨励しました。
19世紀の後半になって、たくさんのプロフェッショナルグループが生まれました。プリの祭の時には、ゴティプア舞踊は欠くことが出来ないものとされ、たくさんのゴティプアたちが参加します。 彼らは時には中庭に入って踊ることが許されました。
ヨーガ・アーユルベーダ体験講座
ヨーガ・アーユルベーダ体験講座を開催しました。
講座ではゆったりとした動きに呼吸を一致させ、意識を集中することにより、心と体を一つにし、深いリラックスを味わって頂きました。またアーユルベーダでは「アビアンガ」(オイルを使ったセルフマッサージ)を行い、快適な時間をご体験頂きました。
ヨーガとは、インド発祥の精神統一法・瞑想法・体操法・健康法の総称です。4500年の歴史を持つヨーガは、瞑想を本命とし解脱を求めるラージャヨーガの予備部門として、 紀元10世紀頃、身体の修練を中心とした「ハタ・ヨーガ」が生まれました。ハタ・ヨーガは、調身(体位法)・調息(呼吸法)・調心(瞑想法)の3要素から成り立っています。
日々、忙しい現代人は、密接な関係の心と身体が、ストレスでバラバラになり疲れている状態ではないでしょうか?
ゆったりとした動きに呼吸を一致させ、意識を集中することにより、心と身体を一つにし、深いリラックスを味わうことができます。初めての方でも無理なく行う事が出来るので、人気を集めています。
アーユルベーダとは、「アーユル(生命)」と「ベーダ(真理・科学)の合わさった言葉で、「生命の科学」を意味するインドの伝承医学です。 予防医学に重点を置き、人間を部分ではなく全体的にとらえ、自然や宇宙と調和して生きることが健康につながると考えられています。
インド日本友の会について
日本在住インド人に日本での生活のサポートをし、逆にインドに興味のある日本人には、インド留学・会社設立についての相談や、 インドでの生活におけるアドバイスなど、お互いの国で楽しく過ごすためのサポートを行っています。
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